置き換え発想の重要性
昨年、子供の将来なりたい職業の3位にYouTuberが入りました。
YouTuberと言えばアメリカでは既に社会的な地位も認められつつある職業です。
ところが、日本ではそうもいかないようです。
昨年から何人かのお母さんから「子供がYouTuberになりたいと言うので困っている」と相談を受けました。
そのお母さんたちの多くがこう言います。
「何の生産性もない仕事をして、広告費をもらう職業なんて常識的な人間が目指す仕事じゃない」
「YouTubeで流れている動画はくだらな過ぎて、ウチではYouTubeを禁止しています」
お母さんたちは、自分の育った時代にはなかった物を否定する傾向がある事に、私は気付きました。
あるお母さんがこう言った事が印象的でした。
「ウチの子はテレビを見る訳でも、友達とゲームをする訳でもなく、YouTubeばかり見て困っています」
私はこう聞き返しました。
「テレビやゲームはいいんですか?」
そのお母さんはこう言いました。
「YouTubeを見るぐらいなら何倍もマシです」
私の子供の頃は、プロ野球選手を目指して、外で野球をしている子は良い子。
家でテレビやゲームをしている子は悪い子。
そんなイメージでした。
今は、テレビやゲームをしている子はマシな子。
YouTubeを見てる子は悪い子。
そう思われているようです。
しかし、落ち着いて考えて見ると時代に応じて、置き換わっているだけである事に気付きます。
時代によって子供の遊びも良い遊びと、悪い遊びがあり、それらがスライドして行っているのです。
これまでにない新しい遊びは悪いと思われる傾向が強くなります。
従来からある遊びは良い遊びと思われる傾向が強くなる訳です。
よく考えて見ると、遊びだけでなく、仕事にも同じ事が言えるような気がします。
置き換えの発想で作られた新しいビジネスモデルは、しばしば否定の対象になります。
しかし、時代が速い速度で大きく動いている時こそ、置き換え発想の速度が重要になると思います。
私たちは従来からあるものに対する安心感から深い考えもなく良いと判断してしまいます。
反対にこれまでないものに対しての不安感などから深く考えず悪いと判断していまいます。
さらに、悪いと駄目押しするための理由を無意識のうちに探してしまいます。
しかし、落ち着いて考えてみると、全く新しいものではなく、ただの置き換えだったりします。
置き換えとして理解すれば、新しいものも、全く新しいものではなくなるかもしれません。
それに気づけば、お母さんたちももう少し安心出来るのでは無いでしょうか?